旅は道連れ









「はっはっは。ありえねー」

と自暴自棄気味につぶやいたのはすっかりいつもの格好に戻った怜野である。すでに街を出、山火事でもあったらしい焼け焦げた森の中を歩いている。

「んだよ俺なんかやったか」

いつもよりさらに緩慢で隙だらけの疲れたような仕草。

先程からぶつぶつと実に不満そうに、しかし力の抜けた表情で何かに対して文句を言っている。

「あーあ。もうめんどくせー。」

怜野は、賞金首の顔がわかる裏街の『情報回廊』と呼ばれる場所に行ってきたのだ。『情報回廊』とは数十階建てのビルの間にあるその名の通り回廊のような場所で、ビルの壁は一面全てテレビ画面のようになっており、所狭しと賞金首の顔の映像が写されている。そしてその合間に情報屋へと移動するための限定()空間()移動()装置がびっしりと取り付けられている。

 






この世界には二つの大陸がほぼ左右対称な形で海に浮かんでいる。一つの大陸の名を誘月の大陸――フルムーンといい、もう一つの大陸の名を忘月の大陸――シャドウムーンといった。



誘月(フル)()大陸(ーン)のように魔法などが使えるならばここまで科学が発達はしなかっただろうが、あいにくとここ忘月(シャド)()大陸(ムーン)では魔法の類は一切使えなかった。かわりに科学が発達し、誘月(フル)()大陸(ーン)は魔法大陸、忘月(シャド)()大陸(ムーン)は科学大陸と呼ばれる様にもなった。それぞれの大陸から科学や魔法を持ち出すことは禁止され、おかげで二つの大陸はそれぞれの文化をそれぞれの形で発展させていくことが出来た。

しかし、最近ではなぜか誘月(フル)()大陸(ーン)の中でも魔法などを使える者が少なくなってきており、魔物も精霊も減ってきたという。そして、魔物が減ったにもかかわらず、今まで魔物や精霊は決して入らなかった忘月(シャド)()大陸(ムーン)に、魔物が侵入してきたのである。そのせいで忘月(シャド)()大陸(ムーン)の生態系が次第に狂ってきた、とは環境保護団体の言である。

 









怜野は最近の賞金首の映像を目で追った。

賞金首の情報が得られるこの場所は賞金稼ぎたちの巣だが、怜野は全く気にするそぶりも見せず淡々と映像を見ていく。

危険でも何でも、確かめなければ今後のぶらつくルートが変わるのだ。怜野は面倒くさいのと命の危険とではどっちもどっちだなと思っているが、今回は命の危険の方を重要視して確認に来たのだった。

「うわ、あるじゃん・・・」

ずらっと並べて映し出されている映像の中に自分の顔を見つけ、呻き混じりにつぶやく。

真っ赤な髪の少年と青紫色の髪の耳の尖った青年に挟まれて、見慣れた、見飽きたといっていい顔がぼーっとこちらを見ていた。

ぼさぼさの青鈍色(あおにびいろ)の頭髪は、どういう色の変化か先端の方だけ薄い茶色をしていて、目立つはずなのになぜか印象に残りにくい。

短いとも長いとも言いにくい中途半端な髪が目元にかかっていて、やる気の無さそうな、あるいは眠そうな半眼が意外と整っていそうな顔を平均並みまで落としている。

映像を全体的に見れば十分に整った顔立ちだと分かるのだが、両隣の、賞金首にしては奇麗で若すぎる少年と明らかに人外の美しさを誇る青年に挟まれては、平均以上の整った顔立ちであっても平均以下に見えるのは仕方の無いことである。

そーか俺って意外と美形の部類に入る顔だったんだな。

自分が賞金首になっていることも忘れて――忘れたくてとも言う――のんきな感想を抱く。

まぁ両隣の美人さんたちが目立ってるから俺はあんまり目立たないだろ。

自分の首にかけられた賞金を見てこれなら上級の賞金稼ぎは来ないだろうと安堵のため息を吐く。

それでも一、二ヶ月は遊んで暮らせる金額だったが。

 

逃げるように街を出て、山を一つ越えたあたりで怜野はやっと歩調を緩めた。いつものだらんとした歩き方になり、深く深くため息をつく。

「あー。面倒なことになっちまったな・・・」

ぼやいて空を見上げる。

空はいつもと変わりなく広く、

怜野のちっぽけな(しかし生命に関わる)悩みなど全く気にせずに、

いつもどおりに美しい青を見せていた。

それをみていると怜野もなんだか色んなものがどうでもよくなってきて、まぁいいか、と唇の動きだけで言って黙々と、あるいはぼーっと歩き始めた。

まぁ人間いつか死ぬんだし。

頑張るのもめんどくさいから死ぬまで生きてるんだろーな。

 なんとなく成人まであと一・二年ちょっとか、と思い、それまで生きていられるかな、と漠然と思った。

 

 




 

 

『―――?変な名前。』

『変か?・・・ではお前の名はなんと言うのだ』

『俺?俺は00‐00。ゼロでいい。』

『ふむ、ゼロか。』

『アンタは自分の名前の略とか考えない訳?考えないなら俺が考えるけど』

『例えば?』

『―――ヘンなオッサン』





 

 

 

『レイノ』

ぴたり。

怜野の動きが止まった。

・・・何か声が聞こえたような・・・

気のせいか。

再び歩き出す。

焼け焦げた森はどこまでも続き、元はとても大きな森だったのだと言外に語っている。あちこちに倒れている木の大きさを見ても、直径が一メートル以上の木がごろごろしている。

古くて、大きくて、歴史のある森。

焼け焦げながらもなお悠然とそびえている巨木たちを見上げる。

それと同時に、違和感を感じた。

焼け焦げている木々たちの様子を見れば、山火事が起きたのが何年も前だということが分かる。それなのに、新しい植物が一切生えていないのだ。

周囲を見まわしてもあるのは焼け焦げ朽ちた木や土ばかりで、新しい緑が芽生えた様子もない。

森が再生を始めていない――なんでだ?

森に入った時から感じていた妙な違和感はこれか?

 そもそも、巨大で古くて歴史のある森が、たった一回の山火事でここまで完全に燃えてしまうのか。

あー。

なんか厄介なとこ通っちまってるな。

さっさと抜けよう。

 そう思いながらも緩慢でふらふらとした歩きは全く変わらない。

『レイノ』

ぴたり。

再び怜野の動きが止まった。

・・・また何か聞こえたような・・・

「気のせいか。」

先程より少々速めの歩調で歩き出す。

『レイ・・―ノ』

「・・・・・・・・・。」

怜野の動きが倍速した。

まるで競歩でもするかのような速度で速やかにその場から離脱する。

『待っ・・・――・・・―レイ・・・』

声が切れ切れになっていく。

『戻・・・中途―――に』

「だってめんどくさいし」

あーなんも聞こえなーい。

魔物かもしれないしさっさと通りすぎよう。

『――昔・・・変わ・・―ない・・・』

 声の中にまぎれもない『懐かしい』とでも言いたそうな感情を聞き取り、怜野は今度こそ完全に足を止めた。

なんで懐かしいんだ。昔会ったことがあるのか。っていうかなんで声だけ?なんで姿を現さない?イヤそれはともかく俺が『怜野』を名乗り始めたのはあそこを出てからだ。それ以降の会ったことのある人間なら多分・・・多分、確証はないけど、た・ぶ・ん、忘れない。でも俺には声だけの知り合いなんかいない。と、思う。ということは心とか記憶を読む魔物でも出たか。やっかいだなー。魔物は人間みたいに簡単に死んでくれないからな。それとも何か。俺の気が狂った?それはちょっとした大歓迎だが気が狂ってなかったらどうしよう。これは気が狂ったっていう夢か?それともついに幽霊とか見るようになったのか?今は魔物とかがそこら辺に出るメルへ――ンな時代だからな、見てもおかしくないかも知れないけどってまあとりあえずつまりどういうことだ?

一瞬のうちにそこまで考える怜野。前半は冷静に考えているようだが、後半はただの逃避のような思考を進めている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

くるりときびすを返し声が聞こえてくる方へ歩いていく。

ザッ、 ザッ、 ザッ、 ザッ、 ザッ

死んだ森に怜野の規則的でなげやりな足音が響いていく。

 



「んだこりゃ」

思わずつぶやいていた。

目の前に、うっすらと光る糸で出来た巨大な繭がある。

大木に絡みつくその光る糸が、繭を地上四、五メートルほどの高さに固定していた。

「・・・んじゃ、俺はこれで」

誰にいうともなく言ってさっさときびすを返す。

こんなもんどーしろっつーんだよ。

 心の中で愚痴ってから無意識に歩調にためらいがあるのを見て舌打ちする。

「いや、あんなわけわかんねえモノ近寄る気ないから」

自分の足に言い聞かせるように下を向いて言う。

大体あの繭開けてみたらハイコンニチワって魔物が出てくるかも知れないし。

『待てつって・・・ろうが』

「あー何も聞こえない」

『まて・・――て言って・・・』

「ナイナイ。幻聴だーさっさと逃げよう」

怜野が棒読み口調で言って耳を押さえる。

『待てっつっとろうが!』

「うわっ!」

思わず悲鳴を上げてから。

何やってんだ俺・・・

 急に脱力した気分になってなんだかどうでもよくなってきた。

「んだよ。俺になんか用?」

 自棄(ヤケ)になって虚空に呼びかける。

『ま・・・足――止めろ』

言われたとおりに止まる。

『百・・・は・・・十――反転』

百八十度反転ね、はいはい。

『ちょ――進!』

直進っと。

『元・・・と―ころ・・・戻れ!』

「はいはい」

めんどうくさいなぁ。

 そうして、繭のある場所に戻る怜野。

『そもそ・・・にし・・・切れぎ――にしか聞こ・・・――から、これ以上疲れさ・・・るな!』

変な声に怒られて、なんだか抵抗する気力もなくなってしまった怜野である。声に対して適当にあいづちを打つ。

「はいはい。んで、俺はそこに行って何すりゃいいんだ」

『知らん。』

「は?」

『知――ん。懐か・・・かった・・・ら呼ん――だけだ・・・らな』

なんかひどく自分勝手なことを言ってる奴がいる。

今までの貴重な時間を返せよコラとか言えばいいのだろうか。

何かもうどうでもいいや。

何というか怒る気力もない。

怜野は一つため息をつくと、眼前に再び現れた巨大な繭を見上げた。

 よくよく観察してみると、人がまるまる一人すっぽり入れそうな大きさである。

あー、中になんか入ってるー。どーせここまで来たんだからなんかしてけって言うつもりなんだろーな。

ほんの少ししか会話していないのになんとなく声の性格をつかんでしまった。

まぁ中に入ってるのが魔物だろうがなんだろうが倒せばいいし。

死んだら死んだでそれまでなんだろうな。

「ん?」

ちょっとまて。なつかしい?っていってたよな、この声の人。

なつかしい?『昔と変わってない?』

・・・繭に入ってるような知り合いっていたっけ。

繭を見上げたまま、あーとかうーとかうなって頭を抱える。

全っ然おぼえてないな。

懐かしいってほど仲良い奴いたっけか。

それに、昔と変わってない?

俺ここに来たのは初めてだよな。

昔と変わってない・・・俺って昔からこんな感じだったのか?

進歩ねーじゃん、俺。

俺より若いくせに俺と同じようななんて冷めた奴。我ながら嫌なガキ。

昔の自分に対してぶつぶつと文句を言っていると、またあの変な声がした。

耳から聞こえてくるというよりは、頭の中に直接響いてくるような、これで自分の声と同じだったら自分で考えてると勘違いしそうな、声というよりは思念だ。思念が直接響いてくる。

『何をボーっとして――。さっさ――封印を解かんか!』

ずいぶんと偉そうな態度――声だけだが――である。

さっきと言ってることがちげえよ。

心の中で突っ込んでだるそうに聞く。

「封印てなんだよ・・そもそもあんた何?」

『森の主だ』

「・・・・・・俺、帰ろうかな」

『ああっ、待て!置いていくな!封印を解かんとこの森は蘇らんぞ!』

やたらと必死に引き止める自称森の主。

「ああん?いいじゃん別に蘇らなくても。俺別にかまわないし」

『何?懐かしいとは思わんのか!』

さっきからやたらとクリアに声が聞こえるのは、気のせいではないだろう。声の主の近くにいるからだ。

怜野は胡乱気に繭を見上げた。

「それに俺ここに見覚えないし」

『それはこの森が死んでいるからだ。森の主不在の間に森が焼けたからだ』

「ふーん。でも別にアンタを封印とやらから救う気ないし義理もないから」

そして今度こそ何を言われてもさっさと逃げようと決意を固め歩き出す。声は慌てたように怜野を引き止めた。

『まて!封印を解かんと呪いをかけるぞ!』

 

ぴたり。

 

怜野の歩みが止まった。

『無限ループの呪いをかけて一生ここから出られないようにしてやる!』

怜野は、久しぶりに固めた決意が水に入れられたドライアイスのように消えていくのを感じていた。

「・・・んでぇ?俺はどーすればいいわけ」

完全に目がすわっている怜野に、声は鈍感にも明るい調子で言葉を続けた。それとも、わかっていておちょくっているのだろうか。

『普通に解けば良い。繭を破るか封印式を破壊するか』

「わかった」

怜野はもちろん封印式なんてわかるはずもなかったのでやりきれなさをこめて繭をぶっ壊させて頂くことにした。

高く高く飛び上がり、そこからかかと落としの要領で繭をど真ん中から引き裂く。

ビイッ

布を引き裂くような音がして、繭に大きなきれめが出来る。

怜野は中空で一回転して地面に降り立った。風にあおられた色のうすい青鈍(あおにび)色の髪が落ち着くころ、裂かれた繭から淡い緑色の光があふれ出してきた。

それらは光の粒子となって繭を見上げていた怜野の目の前に集まっていく。

きれいだな・・・

 そんなことを思ったのは何年ぶりだろうか。怜野は素直にそう思った自分に対して軽い驚きを覚えた。

ぼんやりと光を見つめていた怜野はひときわ強く輝く光を浴び、思わず片手で目をかばった。次に目を開けた時には光は綺麗さっぱり消え去っていた。

何もいなくなった森に優しい風が通り抜けていく。ぽんと肩をたたかれ虚を突かれながら後ろを振り返る。

むにゅ。

「――――――――――――――――――」

肩に置かれた手から人差し指が出ていて、首をまげた怜野の頬を押している。

―――やーいひっかかったーとかいうアレか。

 十年以上も前にやられた子供の遊びを思い出す。

 そしてその手の主は、怜野の頬をぐりぐりと押しながら瑠璃色の瞳がはめ込まれた目を細めて笑った。

 

 












全くなんでこんな事になったのかという思いをやるせなく味わいながら怜野は歩いていた。

やっぱりこんな森に来るんじゃなかった。

 入った時とは違い青々とした葉を茂らせる木々が目に眩しい。

 そしてかたわらの明らかに人間じゃない生物に目をやる。

 透けるように色が白い肌。

 細く長い尖った耳。ピアスつき。

 腰より下まである、木々の葉を陽に透かしたような色の髪。

 光によって色加減を変化させる深い瑠璃色の瞳。

 高い鼻梁。薄い唇。瑞々しい顔立ち。

 現実ではないと錯覚させるような美貌の人外は、森の精霊王だとのたまった。

「む?何だ、レイノ」

 耳に心地よいアルトの声。

「・・・・いや・・・別に・・・?」

確かに人間じゃないってのは認めよう。

 

自称・精霊王は、怜野の目の前で森を再生してのけた。

 森色の髪の青年が腕を一振りすると、周囲にあの淡い緑色の光の粒子が飛び散り、それが触れたさきからものすごい勢いで木々にみずみずしい若葉を茂らせ、光の粒子が触れた地にも草花が生い茂った。

驚いてというよりは感心して周囲を見やる怜野に、瑠璃色の美しい瞳を向け、得意気に笑って見せたのだ。

「どうだ?レイノ」

と――――――

 

怜野がいくら自分の目と頭と耳を疑っても、動かしようのない事実である。あげくに、「んじゃ、そーゆーことで。」といってそそくさと逃げようとした怜野を捕まえ、こう言い放ったのだ。

「待て。封印を解いたのだから責任もって私の人探しにつきあえ」と。

 怜野は即座に突っぱねた。こんな怪しげなイキモノと旅は道連れなんて御免だった。

 そして、怪しげなイキモノははっきりとこう言い放ったのだ。

「私に路頭に迷えというのか?はっきりいうが私は人間のルールも知らないし身を守る術もない。すぐにのたれ死ぬのも嫌だ。・・・頼む、一緒に連れて行ってくれないか?」

 真っ直ぐに怜野の目を見つめる。それは、天然なのか故意なのか、『きっとお兄ちゃんは何とかしてくれるよ!』という子供のような無邪気で絶対の期待をこめた目をしていて・・・普通の人であったら「よし!この俺に任せとけ!」とはりきるか、あまりのほほえましさに頭をなでたりにっこりと笑っていたであろう。その表情は彼の絶世の、と表現して余りある美貌との相乗効果で恐るべき威力を誇った。

だがしかし、怜野は普通の人ではなく、怜野だった。

「やだ。」

 しゃべるのも面倒だといわんばかりに端的に言って歩く怜野は、こちらを見ようともしない。

「・・・呪ってやる。」

じつに恨めし気で、うちひしがれていて、迷子になった子供のような声を出した青年を、怜野は胡乱気な眼差しで見やる。

「だぁから、呪いは止めろって。そもそもアンタが無理矢理封印解かせたんだろ?何で俺がその後のことまで面倒見なくちゃなんねぇんだよ」

「しかし流石にあの中にいるのも飽きてきてたし」

「し?」

「ちょうどよく知り合いが通りかかったから」

「から?」

「旅の道連れになってもらおうと」

「と?」

「怜野を頼ることに決めた」

「あっそ・・・・んで、本当のトコなんでついて来んの?」

「なんとなくに決まっとろうが」

「あ、そう・・・・」

なんか脱力してしまった。

「納得したか。よし」

「納得するわけないだろ」

「む。何故納得できない?」

「いや、普通に無理だから」

「む。なら納得したな」

「なんでだよ」

「お前は普通ではないからだ」

「・・・・・」

なんか違う、とか俺のどこが普通じゃないんだ、とかいや普通じゃなくても納得しないだろ、とか言いたい事はたくさんあったがめんどくさくなったのと無駄だと悟ったのとでいったん開いた口を閉じた。

なんかペースを崩されてる気がする。

そう心の中でぼやいたが、かといって果たして自分にペースなどあっただろうか。とふと考えて全く思いつかなかったことにちょっとカルチャーショックを受けた。

怜野のカルチャーショックはともかく、こんな感じで結局は押し切られ同行させることになった。

 






理不尽なり。

 昔やっていたゲームの敵キャラの言葉を思い出してため息をつく。

本当の理不尽っていうのはこういう状況のことをいうんじゃねーかな。

 またため息をつく。一生分のため息をあっという間に使い果たしてしまうんじゃないかというくらいため息をついている。

 自分はあまりため息をつかないほうだと思っていたが今日中にその認識をあらためなければならないようだった。

とりあえず、今後の面倒くさいことを避けるためにこの・・えーとなんだっけ森の主とか精霊王とか・・・のことを色々と知らなければならない。と思う。

あーめんどくさ。

とりあえず名前をはっきりさせとこう。

「名前なんだっけ。」

唐突に聞いてくる怜野に、瑠璃色の目を驚きに瞠らせて自称・精霊王は言った。

「私・・の名か?」

「それ以外になんか聞いた?」

「いや・・私の名は、ススィフィリレァ・リティリクァ・レッツォーナィル・ロウァフォン・クィクトゥル・イファレアンス・エティ・クロウファル・ララティフェフル・リレストゥーリア・クォーツィーウィールト」

「ストップもーいい何も言うな」

延々と続きそうな予感に面倒くさくなってやめさせた。

「もういいのか?まだあと十分くらい時間を使えば全部言えるが」

十分?長っ

内心で突っ込みを入れつつ名前を決定する。

森の主って言ってたし、ヌシでいいよな。

「お前ヌシな。」

「ヌシ?それは私の名前か?」

「ああ」

「ヌシ・・ヌシか。まあいいだろう。」

そういってひどくうれしそうに笑った人外の美貌を、怜野はなぜそんなに嬉しがるのかと疑問に思いつつ深く考えるのは止めた。

分からないことを考えても時間と労力の無駄だろ。

なによりめんどくさいし。

そしてまた、思考することもめんどくさがった怜野は何も考えずに森の中を歩くのだった。

 











ヌシは意外と身軽だった。そう、まるで猿のように。

ひょいひょいと木々を伝って地割れをさっさと渡りきってから「早くしろ!」などと急かす。

地割れの幅約8メートル。

「早くしろ、レイノ!遅いぞ!」

 これで怜野が普通の人間だったら、ヌシに「こんなの渡れるわけねーだろー!」などと叫んでいただろう。怜野が、普通の、街で一生を過ごす若者だったら。

軽いもんだ。

 怜野はひょいっという擬音が聞こえてきそうな軽い動作で地割れのふちから飛んだ。

 もし一般人がその場にいたら思わず悲鳴を上げていただろう。怜野の飛び方の気軽さといったら、階段を一段ジャンプして上がるといった程度の、常識から見れば自殺行為としか見られないほど軽いものだったからだ。

しかし現実では目を疑うような光景が。

怜野が地割れに落ちることはなく、優雅とすら言える動きで宙を舞う。

 地につけた足は一片の停滞もなく曲げられ、衝撃を緩和。

そして何事もなかったかのようにまた歩き始める。

ひどく自然で、流れるような動きだった。

「レイノは身体構造が普通の人間とは多少違うのだな」

 内心ひやりとしながら平然を装って返事をする。

「そーか?」

「うむ。普通の人間ではせいぜい三・四メートル、身体を鍛えている者でもぎりぎり五メートルくらいしか飛べぬはずだ。」

まあ普通の人間には無理だろ。なんか機械とか使うんだったらともかく、生身じゃなぁ。でもいま機械化(サイボ)人間(ーグ)になった兵士なんかいくらでもいるから実際はどうか分かんないけど。

 目の前に広がる広大な森を無感動な目で見つめながら怜野はもうすぐ街のはずなのになんで森ばっかなんだろうとぼんやり考えた。となりではヌシがあちこちの木にさわりながら何か言っている。

カインなら飛べるか。

自分が知っている限りでは最強と思われる「破壊代行人(ブレイカー)」の名を思い浮かべる。

やたらと気に入られているのは気のせいだと思いたい。っつーかあいつはたぶんバケモノだ。うん、きっとそーだ。たぶん。

 凶悪な性格も一緒に思い出してしまい、「うげ」と意味不明なうめき声を発しながら。

まぁ別にここにいるわけじゃないし。いない奴のこと考えても仕方ないか。

 ようやくちらちらと見えてきた灰色の街並みを見て、上機嫌であたりの木にさわりまくっている青年を見る。

このヒト、どっかイカれちゃってるんじゃないんデスカ?

 木に話しかけているヌシを見、さらに街で浴びるであろう注目を思い浮かべげんなりとした怜野だったが、まぁいいかと彼らしくあきらめた。

 

 

 

 


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